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高松地方裁判所 昭和61年(ワ)464号 判決

原告

天野滋

原告

海野伸二

原告

小泉宗弘

右三名訴訟代理人弁護士

高村文敏

臼井満

重哲郎

長岡麻寿恵

被告

学校法人倉田学園

右代表者理事

倉田キヨヱ

右訴訟代理人弁護士

白川好晴

主文

一  原告らがいずれも被告の教諭たる労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告天野滋に対し、金四〇三六万三九二九円、原告海野伸二に対し、金四六二七万八一八四円、原告小泉宗弘に対し、金五五〇八万五八二三円をそれぞれ支払え。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は被告の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が原告天野滋の仮執行につき金一三〇〇万円、原告海野伸二の仮執行につき金一五〇〇万円、原告小泉宗弘の仮執行につき金一八〇〇万円の各担保を供するときは、その各仮執行を免れることができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項同旨

2  被告は、原告天野滋に対し、金四〇六五万三〇九四円を支払え。

3  被告は、原告海野伸二に対し、金四六六八万〇四三四円を支払え。

4  被告は、原告小泉宗弘に対し、金五五三七万一一〇八円を支払え。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

6  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者

(一) 被告は、私立学校の設置を目的として、私立学校法の定めるところにより設立された法人であり、肩書地において香川県大手前高等学校及び同中学校(以下「丸亀校」という。)を、高松市室新町一一六六番地において香川県大手前高松高等学校及び同中学校(以下「高松校」という。)を設置している。

(二) 原告天野は、昭和四〇年四月、被告に教諭として雇用された。

(三) 原告海野は、昭和四五年四月、被告に教諭として雇用された。

(四) 原告小泉は、昭和四三年四月、被告に教諭として雇用された。

2  地位確認請求

(一) 原告天野について

被告は、昭和五六年三月三一日、原告天野に対し、同年四月一日から昭和五七年三月三一日まで休職(復職願出が許可されない場合には、期間満了時退職したものとみなされる。)を命じ、原告天野の復職願出が許可されないまま休職期間が満了したから原告天野が教諭としての地位を失ったと主張し、原告天野が被告教諭の地位にあることを争っている。

(二) 原告海野について

被告は、昭和五四年三月三一日、原告海野に対し、同年四月一日より教諭から非常勤講師に降職する処分をしたので、原告海野が教諭の身分を失ったと主張し、原告海野が被告の教諭の地位にあることを争っている。

(三) 原告小泉について

被告は、昭和五四年六月二七日、原告小泉に対し、同年七月一日より教諭から非常勤教師に降職する処分をしたので、原告小泉が教諭の身分を失ったと主張し、原告小泉が被告の教諭の地位にあることを争っている。

3  賃金等の差額請求

(一) 原告天野について

原告天野は、前記2(一)のとおり、昭和五六年度中は休職者としての扱いを受け、昭和五七年度以降は、教諭としての地位を否定されて、非常勤講師としての勤務と待遇を強いられてきた。

原告天野が教諭として被告から受け取るべきであった昭和五六年四月一日から平成元年八月二一日までの賃金等と休職者又は非常勤講師として現に支給を受けた賃金等との差額は、別表Ⅰ(略)のとおりであり、その合計は四〇六五万三〇九四円である。

(二) 原告海野について

被告は、昭和五四年度中は、原告海野に非常勤講師としての勤務と待遇を強い、昭和五五年四月一日以降は、原告海野との講師としての契約期間が昭和五五年三月三一日の経過をもって終了したと主張して、原告海野に対し、賃金等を支給していない。

原告海野が教諭として被告から受け取るべきであった昭和五五年四月一日から平成元年八月二一日までの賃金等と非常勤講師として現に支給を受けた賃金等との差額は、別表Ⅱ(略)のとおりであり、その合計は四六六八万〇四三四円である。

(三) 原告小泉について

被告は、昭和五四年七月一日から原告小泉の教諭としての地位を否定し、非常勤講師として扱ってきた(もっとも、非常勤講師の賃金は授業の持ち時間から時間給で算出されるところ、昭和五五年度までは、時間給で算出した賃金を若干上回る金額が支給されていたが、昭和五六年度以降は時間給とするようになった。)そして、被告は、昭和五七年四月一日以降は、原告小泉との講師としての契約期間が昭和五七年三月三一日の経過をもって終了したと主張して、賃金等を支給していない。

原告小泉が教諭として被告から受け取るべきであった昭和五四年七月一日から平成元年八月二一日までの賃金等と非常勤講師として現に支給を受けた賃金等との差額は、別表Ⅲ(略)のとおりであり、その合計は五五三七万一一〇八円である。

4  よって、原告らは、各自、被告に対し、被告の教諭である労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、各原告に対し、別表ⅠないしⅢ記載のとおりの賃金等の差額の支払を求める。

二  請求原告に対する認否

1  請求原因1及び2の各事実は認める。

2  同3の事実のうち、原告らを休職者ないし非常勤講師として扱ってきた事実は認め、賃金等の差額についての認否は、別表Ⅰ'ないしⅢ'(略)記載のとおりであり、各原告主張の範囲内で認める額の合計は、原告天野については金四〇三六万三九二九円、原告海野については金四六二七万八一八四円、原告小泉については金五五〇八万五八二三円である。

3  同4は争う。

三  抗弁

1  被告の高松校の就業規則(以下単に「就業規則」という。)の抜粋は、別紙のとおりである。

2  原告天野について

(一) 被告は、昭和五六年三月三一日、原告天野に対し、就業規則五五条二項に基づき、昭和五六年四月一日から昭和五七年三月三一日まで一年間の休職処分(以下「本件休職処分」という。)に処した。なお、就業規則五九条二項で、休職者は復職願出を許可されない場合には休職期間満了のとき退職したものとみなされるものと定められている。原告天野の復職願出は許可されないまま休職期間が満了した。

したがって、原告天野は、昭和五六年四月一日から賃金等の待遇面で休職者として取り扱われることになり、昭和五七年四月一日以降は被告の教諭としての地位を失ったものである。

(二) 本件休職処分は、就業規則五五条二項(業務上の都合で相当と認めた場合)に該当する次の事情が存在したことによる。すなわち、昭和五五年度から昭和五六年度にかけて高松校の生徒数が一一三名と大量に減少し、教員が人員過剰となるという事態が発生した。そこで、被告は、高松校の社会科教員の余剰対策としては、社会科の教員のうち一名に休職してもらうことにした。その対象者として被告が原告天野を選択したのは、〈1〉原告天野の勤務成績が極端に悪かったこと及び〈2〉原告天野が共稼ぎで生活に困らないことを考慮したものである。

3  原告海野について

(一) 被告は、昭和五四年三月三一日、原告海野に対し、就業規則六八条一、八、九、一〇の各号、六九条三、五、七、八、一二の各号、七〇条に基づき、同年四月一日より教諭から講師に降職する処分をなした。

したがって、原告海野は、教諭たる地位を失った。

(二) 右の就業規則に基づく降職処分が許されないとしても、被告は、原告海野との間で、教諭としての採用時、原告海野に就業規則所定の懲戒事由があるときは、原告海野を教諭から講師に降職することができる旨の合意をした。

(三) 右の降職処分事由として、原告海野には、次の事実が存在した。

(1) 昭和五三年一二月八日、九日、一一日、一四日、昭和五四年三月二日、九日、一二日、一三日の各職員朝礼時に、職員室において、被告の中止命令にかかわらず、自ら率先して、他の教員とともに、窓際に立ち、怒号、罵声を校長等に浴びせ、校長等の業務を妨害した。

(2) 昭和五三年一二月四日、六日、七日、一三日、昭和五四年三月一二日、自ら率先して、他の教職員とともに校長室に押し掛け、被告の中止命令にもかかわらず、毎日約三〇分間喧騒にわたる行為で校長の業務を妨害した。

(3) 昭和五三年一二月五日、六日、七日、九日、一一日、一四日、昭和五四年二月一六日、三月二日、九日の各朝、高松校校内において、被告の中止命令にもかかわらず、自ら率先して他の教員とともに、登校してきた校長を取り囲んで、怒号、罵声を浴びせながら、執拗につきまとい、校長の業務を妨害した。

(4) 昭和五四年三月九日、理事長室に侵入し、理事長を威嚇しながら、同室から隣の事務室に出ようとする理事長の前面に立ちふさがって、これを妨害し、続いて、右事務室から廊下に出ようとする理事長の前面に立ちふさがり、大声で威嚇して、理事長の業務を威力で妨害した。

(5) 昭和五四年三月一三日、職員朝礼時、職員室で校長に対して暴力を振るい、朝礼の業務を妨害した。

(6) 昭和五四年三月二〇日、高松校から高松南警察署公園前警察官派出所に至るまで、自ら率先して他の教員とともに校長を取り囲みながら執拗につきまとい、校長の行動の自由を奪った。

(7) 昭和五四年三月二三日に至るまで、被告の中止命令にもかかわらず、勤務時間中に、後記訓告処分を受けたリボン闘争を続行した。

(8) 昭和五四年三月一六日、勤務時間中の高松校内での紙筒闘争、リボン闘争、理事長及び校長の軟禁事件、組合スローガン掲示を理由に訓告処分を受けている。

4  原告小泉について

(一) 被告は、昭和五四年六月二七日、原告小泉に対し、就業規則六八条九号、六九条五号、一〇号、一二号に基づき、同年七月一日から非常勤講師に降職する処分を行った。

したがって、原告小泉は、教諭たる地位を失った。

(二) 3(二)のとおり(ただし、「原告海野」を「原告小泉」と読み替える。)

(三) 右降職処分事由に該当するのは、原告小泉が、昭和五四年六月一二日、高松校において勤務中、同校生徒一名を殴打し傷害を与えた事実である。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  原告天野について

(一) 抗弁2(一)の事実は認め、主張は争う。

(二) 同(二)の事実のうち、高松校の生徒が減少した点、原告点野が共稼ぎである点は認め、その余は否認する。

3  原告海野について

(一) 抗弁3(一)の事実は認め、主張は争う。使用者が就業規則の懲戒規定に基づいて労働契約の基本的内容を一方的に変更することは許されないから、本件降職処分は無効である。

(二) 同(二)の事実は否認する。

(三) 同(三)の事実は、(8)の処分を受けている点は認め、その余は否認する。

4  原告小泉について

(一) 抗弁4(一)の事実は認め、主張は争う。使用者が就業規則の懲戒規定に基づいて労働契約の基本的内容を一方的に変更することは許されないから、本件降職処分は無効である。

(二) 同(二)の事実は否認する。

(三) 同(三)の事実のうち、原告小泉が被告主張の日に生徒一名を殴打し傷害を与えたことは認める。

五  再抗弁

1  原告天野について

(一) 不当労働行為

原告天野は、香川県大手前高松高等(中)学校教職員組合(以下「組合」という。)の結成以来組合委員長の地位にある。本件休職処分は、被告において原告天野が組合活動を行っていることの故をもってなした不利益取扱いであり、かつ、組合の弱体化を企図した支配介入であるから、不当労働行為として無効である。

(二) 処分権の濫用

被告は、本件休職処分の理由として生徒数の減少による社会科教員の過剰をあげるが、本件休職処分をなすとともに、一年契約の非常勤講師の滝三巳との契約を更新している。滝との契約を更新しなければ天野を休職処分にする必要はなかったのに、一年契約の滝との契約を更新して、定年の六〇歳まで勤務することを前提とした原告天野を、退職を前提とする休職に追いやるのは合理的な裁量の範囲を超える。また、原告天野を選択した理由として、共稼ぎであることを挙げるのは、賃金を四割も削減される身分に追いやる理由として全く合理性がない。これらの事情に照らし、本件降職処分は処分権の濫用である。

2  原告海野について

(一) 不当労働行為

原告海野に対する降職処分当時、原告海野は、組合員であった。右処分は、原告海野が組合活動を行っていることの故をもって被告がなした不利益取扱いであり、かつ、組合の弱体化を企図した支配介入であるから、不当労働行為として無効である。

(二) 処分権の濫用

原告海野に対する降職処分は、同様の行動をとった組合員のうち、原告海野だけを処分するものであって、著しく均衡を欠き、処分権の濫用である。

3  原告小泉について

(一) 不当労働行為

原告小泉に対する降職処分当時、原告小泉は、組合員であった。右処分は、原告小泉が組合活動を行っていることの故をもって被告がなした不利益取扱いであり、かつ、組合の弱体化を企図した支配介入であるから、不当労働行為として無効である。

(二) 処分権の濫用

原告小泉に対する降職処分は、同種の事例に比して極端に重く、処分権の濫用である。

六  再抗弁に対する認否

1  原告天野について

(一) 再抗弁1(一)の事実のうち、原告天野が組合結成以来委員長を務めていることは認め、その余は否認する。

(二) 同(二)の事実のうち、被告が滝非常勤講師との契約を更新した点は認め、その余は否認する。

2  原告海野について

(一) 再抗弁2(一)の事実は否認する。

(二) 同(二)の事実は否認する。

3  原告小泉について

(一) 再抗弁3(一)の事実は否認する。

(二) 同(二)の事実は否認する。

第三証拠(略)

理由

一  原告天野の教諭たる地位の確認請求について

1  原告天野が昭和四〇年四月に被告との間で教諭としての雇用契約を締結したこと、被告が原告天野に対して就業規則五五条二項に基づいて本件休職処分を行ったこと、就業規則五九条二項で、休職者は復職願出を許可されない場合には休職期間満了のとき退職したものとみなされるものと定められていることは、当事者間に争いがない。

2  本件休職処分につき、被告は、生徒数の減少による余剰人員対策としてなされたものであり、その対象者として原告天野を選定したのは、その勤務成績及び家庭の経済状態を考慮したものであると主張するのに対し、原告天野は、被告において原告天野が組合活動を行っていることの故をもってなした不利益取扱いであり、かつ、組合の弱体化を企図した支配介入であると主張するので、検討する。

(一)  証拠(〈証拠略〉)を総合すれば、本件休職処分に至るまでの原告天野の勤務状況及び組合活動等について、次の事実が認められる。

(1) 原告天野は、昭和四〇年四月に高松校(当時は高松分校)の社会科教諭となり、地理と政治経済の各教科を担当し、昭和四〇年度から五一年度まで学級担任(うち、昭和四三年度から四五年度までは優秀クラス)、昭和五二年度から五五年度まで学級副担任を勤めたほか、昭和四三年度から五四年度まで一二年間にわたり社会科の教科主任に任じられてきた。

(2) 高松校では、昭和五二年九月一〇日、組合が結成された。原告天野は、初代の委員長に選出され、今日に至るまで引き続き委員長を務めている。

(3) 被告理事長倉田キヨヱ(以下単に「理事長」という。)は、昭和五二年九月一八日、組合結成と同時に組合に加入した福家誠の父親を丸亀校に呼び出し、同人に対し、福家は親せきであるのに積極的に組合に加入している、それでは親せき関係がまずくなる、来年の三月までに善処してもらいたい旨述べた。また、理事長は、組合結成と同時に組合に加入した壺谷真人に対し、同年同月二七日に電話で、丸亀校まで来るように言い、壺谷が組合の話であれば執行部に報告することになっていると答えると、組合委員長の命令の方が強いのかと言ったり、壺谷がかつて交通事故を起こして四〇日ほど学校を休んだことに触れて、被告に迷惑をかけたことを忘れないでしょうねと言ったりした。

(4) 組合は、被告の施設内で組合ニュースを配付し、小会議室を組合の集会等に使用した。これらの行動につき、被告は、組合に対し、被告の許可なく行われたから、就業規則に違反するとの警告書を発し、組合の団体交渉の申入れに対しては、団体交渉のルールの設定が先決として理事長が出席しようとしなかった。それで、組合は、団体交渉につき地労委の斡旋を求めた。その後、昭和五二年一二月一三日に至って、組合は、被告と団体交渉についての協定書を交わすことができた。しかし、その後の団体交渉は、組合側の期待する進展がなかった。組合は、昭和五三年三月一〇日の卒業式終了後の職員祝賀会中に、組合員二七人で理事長及び宇喜多一塩校長を取り囲み、堤副委員長が被告側の誠意がないことを抗議する旨の抗議書を朗読した。これに対して、被告は、昭和五三年三月二三日付けで原告天野外一名を訓告処分に処した。また、組合は、被告に対し、入学金先取りの廃止や授業料の引下げを要望し、その運動の一環として、昭和五三年二月下旬に「私学助成をすすめる会」への参加を勧誘する文書を父兄に発送し、これに同封した参加申入書を生徒に持参させて集めたことがあり、被告は、これを理由に、前記訓告処分と同じ昭和五三年三月二三日付けで原告天野外一名を訓戒処分に処した。

(5) 被告は、昭和五三年四月一日、五三年度から新設した教頭補佐に西山寛教諭を任命し、組合対策に当たらせた。同年の年末一時金をめぐり、労使の対立は激化した。組合は、理事長が団体交渉に出席しないなど、被告が団体交渉に不誠実な対応をとっているとして、昭和五三年一二月四日から一四日にかけて、朝登校した宇喜多校長に対する集団的要求行動や、職員朝礼時に職員室の窓際に組合員が並んで立って校長らに要求を行う闘争(以下「立ちんぼ闘争」という。)、昼休みに校長室において校長に対して集団で要求を行う闘争などを行った。これに対して、被告は、昭和五三年一一月二四日付けで、原告天野に対し、就業時間外職場集会を理由とする訓告処分を行ったほか、組合ニュースの無許可配付や小会議室の無許可利用につき、組合に警告書を連発した。

(6) 年末一時金をめぐる紛争は、昭和五三年一二月二〇日の団体交渉の結果、確認書が交わされたことで終了し、同月二七日には、理事長や校長と、原告天野ら組合幹部がホテルで会談し、労使の協力を約束しあった。しかしながら、年が明けると、年度末一時金や学費軽減をめぐって、再び労使紛争が激化した。組合は、昭和五四年三月一日から職員室の机上に高さ約二七センチメートル、縦横それぞれ約八センチメートルの角型紙筒に「学園の民主化」、「学園を私物化するな」、「授業料凍結」、「誠意ある団交を」と縦書したものを立てる闘争(以下「紙筒闘争」という。)、同月二日からは、「授業料凍結」、「学費値上反対」等の要求を記した長さ約一五センチメートル、幅約四センチメートルの赤色リボンを上着の胸部に着用する闘争(以下「リボン闘争」という。)、朝登校した校長に対する集団的要求行動、職員朝礼時の立ちんぼ闘争などを行った。これに対し、被告は、昭和五四年三月八日付けで、原告天野を訓告処分にすることにし、翌九日、右訓告書を原告天野に交付するとともに、組合員全員に警告書を発した。組合員らは、これに抗議し、理事長に処分の説明を求め、下校しようとする理事長と宇喜多校長が乗った自動車を約二七名で二時間余にわたって包囲して説明を求めた。翌一〇日の卒業式当日も、職員室での紙筒闘争、立ちんぼ闘争が行われたほか、卒業式の最中にもリボン闘争が行われた。さらに、中庭に組合員の自動車を約一〇台並べた上、その並んだフロントガラスを文字板代わりにして、「処分撤回」「学費値上反対」「入学金先取反対」のスローガンを二文字ないし三文字ずつに分けて大きく各フロントガラスに掲示し、卒業式に参列した父兄向けのピーアールを行った。これら組合活動を理由に、被告は、昭和五四年三月一二日付けで原告天野を、同月一六日付けで原告海野外四名をそれぞれ訓告処分にした。さらに、被告は、昭和五四年三月二〇日付けで、原告天野を同年三月二二日から一か月間の出勤停止処分にした。この処分通告書の入った封筒を宇喜多校長から交付された原告天野は、これを開封しないまま原告海野らに預けて下校した。その後、原告海野ら組合員は、これを開封して出勤停止処分がなされていることを知り、原告海野ら一七、八名の組合員が下校中の校長につきまとって右処分につき説明を求め、さらに、このうち、一〇名弱の組合員は校長の乗ったバスに同乗し、高松南警察署公園前警察官派出所に至るまでつきまとって説明を求めた。

(7) 被告は、昭和五四年三月三一日付けで、原告海野に対し、講師に降職する処分をした(後記二1のとおり争いがない。)。昭和五四年度からは、理事長の娘婿である倉田康男が新たに高松校校長に就任した。被告は、組合の学費凍結の署名運動を理由に、昭和五四年五月七日付けで、原告天野外二名の組合員を厳告処分にし、その他の組合員二五名を訓告処分にし、組合の紙筒等による要請行動を理由に、同年八月九日付けで、原告天野外四名の組合員を厳告処分にし、労使関係は紛糾するばかりであった(なお、被告が昭和五四年六月二七日付けで原告小泉に対し非常勤講師に降職する処分をしたことは、後記二1のとおり争いがない。)。組合は、単独では労使関係の正常化は困難と考え、昭和五四年六月二九日、日本労働組合総評議会香川県地方評議会(以下「県評」という。)に加盟し、その指導を受けることにした。

(8) 組合は、その事務所所在地を高松校の所在地と定めていた。被告は、昭和五四年一二月ころから、高松校に配達された組合宛郵便物を組合に交付せず、昭和五五年三月末ころ、組合の糾弾を受けてようやくこれを組合に交付したが、その後、高松校の所在地を宛所とした組合宛郵便物には、宛名の者がいない旨の付箋をつけて返送するという態度をとっている。

(9) 被告は、組合が同組合を支援するため県評が中心となって結成した共闘会議とした街頭宣伝活動を理由として、昭和五五年八月九日付けで、原告天野外六名の組合員を同月一一日から二〇日までの出勤停止処分にした。さらに、被告は、昭和五五年二月から同年一二月までの組合活動を理由に、昭和五六年三月二七日付けで、原告天野外二名の組合員を昭和五六年三月二八日から三一日までの出勤停止処分にした。そうして、昭和五六年三月三一日、被告は、原告天野に対し、昭和五六年四月一日から五七年三月三一日まで休職を命ずる旨の本件休職処分を行った(争いがない。)。

(10) 本件休職処分は、就業規則五五条二項所定の業務上の都合としてなされたものであるが、就業規則五九条では、第一項で「休職期間が満了したときは、遅滞なく復職を願い出でなければならない。」と定められ、第二項で「復職を許可せられない場合には、休職満了のとき退職したものとみなす。」と定められている(争いがない。)。昭和五七年三月一日、原告天野は、被告に対し、口頭で復職を願い出るとともに、同月一七日には、書面で復職願いを提出した。しかし、被告は、昭和五七年三月三〇日、復職願いを許可しないことにしたので、同月三一日の経過をもって休職期間は満了となり、退職となる旨通知し、同時に、昭和五七年四月一日から非常勤講師として採用すると通知し、以後原告天野を非常勤講師として取り扱った。

(二)  証拠(〈証拠略〉)を総合すると、社会科教員削減の必要性等について、次の事実が認められる。

昭和五五年度において、高松校の社会科教員は、教諭及び講師を合わせて九名いた。高松校の生徒数は、昭和五二年度以降年々減少し、昭和五五年度の生徒数は八三一名であったのに対し、昭和五六年度には一一三名減少して七一八名となり、これに伴い、社会科の授業時間数は、昭和五五年度の一三一時間が昭和五六年度には一〇時間減少して一二一時間になった。それに、県外の予備校に出向していた福井心司教諭が昭和五六年度には復帰することになっていた。このような事情から、高松校では、昭和五六年度、社会科教員に余剰が生じた。そのため被告は、社会科教員のうち一名を休職させることにしたが、その対象者として原告天野を選定した理由として、〈1〉原告天野の勤務成績が極端に悪かったことと、〈2〉原告天野が共稼ぎであり、生活に困らないことを挙げる。

(三)  以上の事実に基づいて検討する。(二)の事実によれば、本件休職処分当時、高松校の社会科教員に余剰が生じていたということができる。しかし、(一)の(10)の事実によれば、本件休職処分は、復職願いが許可されない限り、休職期間満了時に退職したものとみなされて、自動的に身分を喪失するものであり、事実上解雇(すなわち、整理解雇)に匹敵する処分と認められるから、安易に選択されるべきでなく、一年交替制の出向などの他の手段をとる努力がなされるべきものと考えられる。しかるに、本件を通じ、被告が右の努力をしたことを認むべき証拠はない。また、被告が挙げる原告天野選定の理由のうち、勤務成績不良の点については、(一)(1)のとおり、原告天野が昭和四〇年度に教諭として採用された後、昭和四三年度から五四年度まで一一年間にわたり社会科の教科主任に任じられてきたことに照らせば、被告は、原告天野をそれなりに評価していたものと認められ、その勤務成績が被告のいうように極端に悪かったとは考え難い。また、被告が原告天野選定のもう一つの理由として挙げる共稼ぎの点は、それだけで他の共稼ぎでない教師と比べて原告天野が経済的に恵まれているということはできないから、前記のように解雇につながる休職処分の対象者に原告天野を選んだ理由としては、著しく合理性を欠くというべきである。以上の諸点に、(一)の(3)や(8)の事実から顕著にうかがわれる被告の組合嫌いの点を総合考慮すると、被告は、組合の活動を嫌悪し、本件休職処分により、組合の幹部である原告天野を被告の学園から排除しようとしたものと優に推認することができる。

そうすると、本件休職処分は、被告が原告天野の組合活動の故をもってなした不利益取扱いであり、かつ、組合の弱体化を企図した支配介入であるということができるから、不当労働行為として無効であるといわなければならない。

二  原告海野及び同小泉の教諭たる地位の確認請求について

1  原告海野が昭和四五年四月、原告小泉が昭和四三年四月、被告との間でそれぞれ教諭としての雇用契約を締結したこと、被告が昭和五四年三月三一日付けで原告海野に対して就業規則六八条一、八、九、一〇の各号、六九条三、五、七、八、一二の各号及び七〇条に基づいて、昭和五四年六月二七日付けで原告小泉に対して就業規則六八条九号及び六九条五、一〇、一二の各号に基づいて、それぞれ講師に降職させる旨の本件降職処分を行ったことは、当事者間に争いがない。

2  原告海野及び同小泉は、使用者が就業規則の懲戒規定に基づいて労働契約の基本的内容を一方的に変更することは許されないから、本件降職処分は無効である旨主張するので、検討する。

(一)  被告の高松校の就業規則(抜粋)が別紙(略)のとおりであることは、当事者間に争いがない。この争いのない事実に証拠(〈人証略〉)を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 被告は、高松校の職員の懲戒に関し、就業規則の六六条ないし六九条に規定を設け、懲戒の手段の一つとして、その六七条四号で、身分又は職階を下げる処分を規定し、職階を下げるのみならず身分を下げることをも降職処分の内容としている。

(2) 職員の身分及び職階に関し、被告は、就業規則五二条で、〈1〉教育職員、〈2〉その他の職員、〈3〉雇員に大別した上、〈1〉の教育職員については校長、教諭、養護教諭、助教諭、講師に、〈2〉のその他の職員については、事務職員、技術職員に細別し、更に、慣行上、〈1〉の教育職員につき、校長と教諭との中間に、副校長、教頭、教頭補佐の職階を設け、講師については、常勤講師と非常勤講師とに区別している。

(3) 教諭は、満六〇歳に達するまでの終身雇用が予定されている。これに対し、常勤講師も非常勤講師も、雇用期間は一年とされ、更新されない限り、その期間の経過により講師の身分を失う。なお、常勤講師の待遇は、教師とほぼ同じで、賃金も月給であるが、非常勤講師の賃金は、時間計算給である。

(二)  ところで、一般に、使用者がその雇用する従業員に対して課する懲戒は、広く企業秩序を維持確保し、もって企業の円滑な運営を可能ならしめるための一種の制裁罰であると解されるが、使用者の懲戒処分の根拠については、以下のように考えられる。すなわち、使用者とその従業員である労働者との法的な関係は、対等な当事者としての両者が労働契約を締結することによって初めて成立するのであるから、使用者の労働者に対する権限も、労働契約上の両者の合意にその根拠を持つものでなければならない。使用者の経営権は、労働者に対する人的支配権をも内容とするものではないし、従業員に対する指揮命令権も、労働契約に基づいて許される範囲でしか行使し得ないはずのものである。したがって、使用者の懲戒権の行使は、労働者が労働契約において具体的に同意を与えている限度でのみ可能であると解するのが相当である。

もっとも、懲戒について個別の労働契約上の合意や労働協約がなくても、懲戒の事由と内容が就業規則に定められている場合には、使用者と労働者との間の労働条件は就業規則によるという事実たる慣習を媒介として、それが労働契約を規律すると解されるが、就業規則に定めさえすれば、どのような事項であれ、使用者と労働者の間はこれによって規律されるというような事実たる慣習は存在しないから、就業規則に定められた事項のうち事実たる慣習を媒介として労働契約を規律する事項は、労働契約によって定め得る事項、すなわち、労働契約の内容となり得る事項に限られるというべきである。そうすると、使用者が一定の場所(懲戒権の行使の場合も含む。)に雇用としての同一性を失わない範囲内で労働者の職務内容を一方的に変更し得ることを就業規則に規定することはできるとしても、社会通念上全く別個の契約に労働契約を変更することは、もはや従来の労働契約の内容の変更とはいえず、従来の労働契約の終了と新たな労働契約の締結とみるほかはないから、このような事項は、労働契約の内容とはなり得ない事項であると考えられる。したがって、就業規則にそのような事項が定められても、それは労働契約を規律するものとはなり得ないというべきである。

そこで、本件についてこれを検討するに、被告が懲戒処分として降職処分を就業規則に定め得るとしても、それは、同一の労働契約の内容の変更とみられる職種の変更に限られるというべきである。そうすると、高松校の前記就業規則中、校長から教頭への降職や教頭から教諭への降職に関する部分の規定は、事実たる慣習を媒介として労働契約を規律し、これを根拠にそのような降職処分をすることは許されるということができる。しかし、教諭から常勤又は非常勤の講師への降職は、終身雇用が予定された契約からこれを予告しない契約に変更するものであって、社会通念上教諭としての労働契約の内容の変更とみることはとうていできないから、高松校の前記就業規則を根拠に、教諭を常勤又は非常勤の講師に降職する懲戒処分をすることは許されないものというべきである。

(三)  そうすると、本件降職処分は、そのような懲戒権発生の根拠を欠く懲戒処分として無効であるといわなければならない。

3  被告は、就業規則に基づく降職処分が許されないとしても、原告海野及び同小泉との間で、それぞれ教諭としての採用時、各原告に就業規則所定の懲戒事由があるときは、当該各原告を教諭から講師に降職することができる旨の合意をしたと主張するけれども、この主張事実を認めるに足りる証拠がない。

三  原告らの賃金請求について

1  原告天野について

原告天野が教諭として被告から受け取ることのできた昭和五六年四月一日から平成元年八月二一日までの賃金等から、休職者又は非常勤講師として現に支給を受けた賃金等の差額については、四〇三六万三九二九円の限度で当事者間に争いがなく、これを超える差額の存在を認めるに足りる証拠はない。

2  原告海野について

原告海野が教諭として被告から受け取ることのできた昭和五五年四月一日から平成元年八月二一日までの賃金等から、非常勤講師として現に支給を受けた賃金等の差額については、四六二七万八一八四円の限度で当事者間に争いがなく、これを超える差額の存在を認めるに足りる証拠はない。

3  原告小泉について

原告小泉が教諭として被告から受け取ることのできた昭和五四年七月一日から平成元年八月二一日までの賃金等から、非常勤講師として現に支給を受けた賃金等の差額については、五五〇八万五八二三円の限度で当事者間に争いがなく、これを超える差額の存在を認めるに足りる証拠はない。

四  以上によれば、原告らの地位確認請求はいずれも理由があり、原告天野の賃金等の差額請求は、金四〇三六万三九二九円の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、原告海野の賃金等の差額請求は、金四六二七万八一八四円の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、原告小泉の賃金等の差額請求は、金五五〇八万五八二三円の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、仮執行免脱宣言につき同条三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井忠雄 裁判官 青木亮 裁判長裁判官渡邊貢は転補のため署名捺印することができない。裁判官 石井忠雄)

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